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手術の日は決まった。
入院日も決めて入院の手続きもした。
入院まで、あと3週間程度あった。

その3週間は長いような、短いような嫌な時間だった。
週末ごとに車で遠出した。
走っていれば、オットは少し気がまぎれるようだった。
このころ丁度、「コクリコ坂」が封切された時期で、FMのラジオを
つけると、例の歌が頻繫に流れたのを覚えている。
だから、ラジオはつけないようにした。

仕事の呑みの席で食あたりしたことがあった。
帰宅後、数十分してからお腹を壊し、その後、おう吐。寒い、寒いと
震えていた。おう吐して、収まったが、本人は「病気のせいでこんな
症状が出るんだ」と言った。
とにかくどうしても翌日、本人を主治医に診てもらうべきだと思った。

食あたりだと良いな。そう願いながら、オットに「アナタの言うことも
あり得るかもしれないから」、と翌日は病院へ行ってみようと提案した。
幸い、翌日は主治医が外来担当日だった。
消化管外科へ電話をし、状況を看護師さんに説明すると、主治医に確認
をしてくれた。
とりあえず、来てみてください、とのことだった。
結果、食あたりでビオフェルミンが処方された。
オットは、それでも、「病気のせいでこうなったんじゃないんですか?」
と主治医に聞いた。
「それは無いですね。」と、きっぱり言われ、納得したようだった。
食欲が落ちて、気力も無くしかけたところへ、食べ合わせの悪いものでも
ツマミにして呑んだのだろう。
この件に関しては、一件落着。ひとまず安心した。
だが、昨日のおう吐の様子や、寒い、寒いと震える様子が目に焼き付いて、
怖かった。
その時は、とっさに気丈なふりをして「大丈夫、全部吐いていいよ、気にしないで」
と背中をさすったが、今後、オットの辛そうな姿をどの程度見ることになるのか。
そんな事を思うと気が遠くなるほど怖かった。


8月に入ると、暑さも厳しくなった。
相変わらず、オットとワタシの食欲は(精神的に)無かった。
ワタシはと言うと、食べ物を口に入れても、吐き気がして飲み込めなかった。
相変わらずPCにかじりついて、インターネットの検索結果を眺めては一喜一憂する
日々だった。
この頃は良く、カフェのテラス席に二人座ってコーヒーを飲みながら宙を眺めた。
目にも力が無く、怪しい二人だったはずだ。



しかし、現実は迫ってくる。
少しずつ、入院に際して必要なものの買い出しを始めた。
パジャマ。マグカップ。スプーンとフォーク、お箸のセット。など、など。。。
不自由が無いように、少しでも気分転換できるように、と、様々なものを購入してしまった。
お互い楽しい買い物では無いが、ショッピングしてると気が紛れた。

ワタシは、オットに術後読んでもらうための資料を作り始めた。
ネット通販で本も数冊購入した。
術後の生活や食事の注意点や参考資料を術後の病室で少しずつ見てもらうために。

手術前のかなりに参っているオットに、術後の生活管理の事など話すことは出来ない。
同じ手術をなさった方の手記や、ブログのプリントアウトしたものなどをまとめた。
術後間もなくは皆さんこんな感じらしいよ、そして、その後はこんな感じで、さらには
こんな感じらしいよ。人それぞれみたいだね。焦らないで頑張ろう。
そんな話をする練習も頭の中でしてみたりした。

オットに、と言うよりも自分がすがるものが欲しかっただけなのかもしれない、と、今、
書きながら思った。







他のゼリー飲料よりも甘さ控えめでカロリーは一番!
オットはこれが一番飲みやすいようです。
缶入りはダンピングが来てしまうので合いませんでした。
術後、退院してからは必ず一日1パック飲んでいました。
今も、外出時はコレがお伴。



オットの病気が判ってから手帳を買いました。
大きめで、何でもかんでも書き込むにはもってこい。
気が動転しているのは自覚していたので、とにかく何でも書いておくことにしました。
新聞の切り抜きを貼ったり、ネット検索の結果をプリントアウトして貼ったりしてました。
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